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今世紀中頃までのコンピュータ・サイエンスの進展がその後の世界を決めてしまうかもしれない [コンピューター]

 コンピュータ・サイエンスはノーベル賞の対象外の分野ではあるが、現在その価値や重要性はノーベル賞以上のものがあると思う。特に自立型AI(AGI)の開発は、その影響がノーベル賞の6分野や数学にまでも及ぶことは必至で、それが完成した暁のインパクトは計り知れないものがある。(その価値は100ノーベルと言ったところだろうか?)そしてその機会はこの20〜30年くらいが勝負になると思うのだが、その機会を逃した国家は、恐らくその後この分野では永遠に後塵を拝することになると思う。そして前にも書いた通り、その敗北はこの分野だけに留まらないで、全ての分野に及んでしまう。


 アメリカやイスラエルや中国が、この分野で熾烈な競争をしている理由がお分かり頂けただろうか?現在、アメリカが中国に対して「貿易戦争」を仕掛けている背景には、この分野で中国に先を越されてしまいかねない危機感の現れでもあるように思う。アメリカはこの分野での競争で中国に負けてしまうと、その後もう取り返しのつかない状況に追い込まれてしまうのが分かっているからだ。世界のパワー・バランスも大きく変わってしまうだろう。日本も今世紀中頃までの研究開発費の半分以上をこの分野に投入していくくらいのメリハリのある予算編成をしていかないと世界での競争には勝ち残れないと思う。


 2018年9月24日のブログにも書いたが、私は2018年度のコンピュータ・サイエンス分野で、中国の清華大学が世界第一位になったことに強い衝撃を受けてしまった。(しかも上位100位内に中華系の大学が1/4も含まれている。)一方で日本はどうかと言えば、最高が東京大学の91位の一校のみ。サッカーのワールドカップで日本代表の順位が良い時で40番台くらいで、8年に一回くらいに割合で2次リーグに出たり出なかったりで、2次リーグでは直ぐに敗退してしまって優勝にはほとんど縁遠いことを考えると、91番というほとんどドンべの順位は、あって無いようなものだと思う。つまり、現在の日本の大学や研究機関で一番旬なコンピュータ・サイエンスを教えられるような機関は存在しないということだ。これに危機感を感じない人はどうかしていると思う。


 これを打開するには、①「日本の優秀なコンピュータ・サイエンスの若い人材を海外の大学に留学させて学ばせる」か、②「海外の優秀な人材を日本の大学や研究機関に召集して教鞭をとってもらう」かのどちらかしか無いように思うが、国としてもその方針もまだはっきりと定まっているわけでも無い。東京オリンピックを中止にして、その予算を全て①や②に投入するくらいの、よほど思い切った大英断をしない限りこのピンチは脱出できなと思うのだが、日本政府の対応は呑気なものである。大学や企業の対応も、もう古くなってしまった分野や製品を自分たちがやって、一番重要な部分は他人任せで手も足も出ないような状況では、これから先が思いやられる。


 日本人が「情報戦」でいつも同じような間違いを繰り返してしまう原因に、「地点は取り戻すことができるけど機会は取り戻すことができない。」という教訓がある。日本人は、後追いでゼロ・サムゲームの応用を戦って陣地(地点)を取り返すことは得意で、実際に「モノ」の時代にはそれはうまく行ったのだが、「情報」の時代にはそれは通用しない。一瞬だけ開いた「幸運の窓」をリスクを冒して掴みにいかない限り、チャンスは決して巡って来ない。受験の「ゼロ・サムゲーム」に馴れっ子になってしまって、それが公平であると思い込んでしまっている教育そのものから変えていかないとこれからの世界での成功は覚束ないと思う。


by チイ


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日本人の聖書の読み方 [宗教]

 あらゆる文化のベースには宗教がある。でも残念ながら、「聖書」と仏教経典や論語、ギリシャ神話、日本書紀などは同等ではない。その分かりやすい説明として、最近、「白取春彦」著の「独学術」という本を書店で立ち読みしていたら、宗教知識が欠けている多くの日本人にはぴったりの「聖書」の解説がしてあった。その中で次のように書かれてある。

・真の教養の第一は聖書を読むことである。

・何を独学するにしても、聖書を読まずに始めるならば、新たな偏見を自分の中につくるだけに終わる。

 そして、その理由として次のように書いてある。

・世界には聖典だの経典だのというものがあまたあるが、その中でも世界の形成に事実として寄与してきたのは聖書だけである。キリスト教徒が世界で圧倒的多数を占めたために現代世界が形づくられた訳ではない。

・教養とは、結局は古代の中国官僚の処世術に過ぎない論語を読んで身につけるものではない。論語は世界の文化を形成していない。教養を身につけるとは、世界を形成してきた聖書を読むことなのである。

・つまらない誤解がある。聖書は、ユダヤ教やキリスト教に人々を勧誘するための書物ではない。また、聖書にありがたい教えばかりが書かれているのでもない。聖書に描かれているのは、人間への神の関わりである。

世界の土台が聖書にあるのだから、そこに何がどのように書かれているかを知っておくかどうかで世界の見方が変わるのは当然のことだ。仏教経典をいくら読んだところで世界は少しも理解できない。しかし、聖書を読んでいれば、仏教経典に何が書かれているのかさえ理解できるようになるのである。

 つまり聖書を読む必要があるのは、「聖書を知らないと世界が理解できない」からなのだ。特に若い人は、10代や20代の時に、聖書を一通り読んでおくことをお勧めする。特に将来、海外での仕事を考えている人にとっては必須だと思う。本当は高校3年間で学ぶ英文読解の各章のトピックスの中に、聖書を英語で読むような章を何箇所か入れてもいいように思う。英語の好きな人は、英語の原書で読めば、くだらない大学受験の英語の勉強をするより、よっぽどためになると思う。

 日本人が「戦略音痴の戦術バカ」になってしまうのは、聖書を読んでいないからだと思う。理系でいくらサイエンスや工学を一生懸命に勉強して、自分は知識人だと思っていても、聖書のことを知らなければ、ただの戦術バカだ。文系でももの凄く本を読んで国際的な政治通や経済通になったとしても、聖書のことを知らなければ、世界は理解できない。何が最も恐ろしいかと言えば、それは戦術のことしか知らない人間が、戦略のことを知らないで世界のトップになろうとしたり、なってしまうことだと思う。

 最近、人工知能のAGIのこと考えていると、人間とAIの関係が丁度、創造主(神)と人間の関係にそっくり似てきているような気がする。AGIが完全自動で自身のプログラムの中身を書き換え始めて、人間が書いたプログラムの痕跡が完全に消えてしまった時、人は少しでも作者としての自分の痕跡をマシンの中に残しておきたいと考えるのではないだろうか?それは丁度、「アブラハム契約」で神の意志をユダヤ人を通して人間に伝えようとしたように、人間が作った最高傑作のマシンにその役割を人が期待するのはごく自然の様に思われる。

by  チイ


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ルネサンスは何故起こったのか〜アブラハム契約〜 [宗教]

 最近、米国でベストセラーになった、スコット・ギャロウェイ著のGAFA(ガーファ)の訳本が日本でも出版されたが、その中でGAFAが聖書のヨハネ黙示録の四騎士にたとえられている。”Four Horsemen of the Apocalypse”は、聖書の中では、人間に破壊をもたらす疫病、戦争、飢餓、死を象徴するとされており、彼らには地上の4分の1を支配する権力と、地上の人間を殺す権力が与えられているとされている。これもまた最近、トランプの暴露本として日本でも話題になった、「Fire and Fury」ですが、この言葉は、イザヤ書66章15節にある言葉に由来するものです。欧米では聖書の有名句を引用することがその人の教養とみなされる。

 最近知ったのですが、世界史におけるある帝国や国家の栄枯盛衰は、その国家がユダヤ人をどの様に扱ったかで決まるそうです。ユダヤ人を重用してその国が栄え、逆にユダヤ人を迫害してその国が衰退する過程で、ユダヤ人の大移動が起こり、そのユダヤ人の移動ルートと覇権国の交代がピッタリと一致するそうです。ここ500年間くらいのヨーロッパにおける覇権国の変遷(スペイン→ポルトガル→オランダ→イギリス→アメリカ)もすべてこれで説明できるそうです。また、イスラム圏のサラセン帝国やオスマントルコなどの繁栄もこれで説明できるそうですが、勿論、そんなことは教科書や学校では教えてくれません。

 ルネサンスは、当時イスラムに支配されていたイベリア半島でユダヤ人達が重用されたことで科学技術が発達し、その情報が東に移動してイタリア半島に降りたときに爆発した知的革命だそうです。当時世界の最先端だったサラセンの科学技術書をラテン語やギリシャ語に翻訳したのもユダヤ人ですし、逆にギリシャ時代の科学技術書をアラビア語に翻訳したのもユダヤ人です。私自身の拙い世界史の知識だけでこれらのことに白黒付けることは勿論できませんが、自分の中ではこれまで何と無く不明瞭だった箇所が繋がって霧が晴れた様な感じになりました。実はこのことは聖書の中では既に預言されている事の様です。

 聖書の創世記12章1~3節に「アブラハム契約」と言われる箇所があります。神がユダヤ人を通してすべての民族を祝福するために、ユダヤ人をそのパイプ役に選んだという箇所です。

1 時に主はアブラムに言われた。「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、私が示す地に行きなさい。

2 私はあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。

3 あなたを祝福する者を私は祝福し、あなたを呪う者を私は呪う。地のすべての民族は、あなたによって祝福される。

 多くの日本人にとっては、「アブラハム契約」は科学的ではないという理由から否定されるか、そんなものには興味がありませんと無視されるかのどちらかだと思います。ただ一つだけ知っておいた方がいいのは、世界はそうした日本人の考えとは最も遠いところの力で動いているということです。聖書は旧約、新約共にユダヤ人について書かれた預言書です。つまり聖書の中ではユダヤ人が主人公なのです。そして今現在そのユダヤ人に関する預言は聖書に書かれてある通りに進んでいる様に見えます。そして今現在世界を実質的に動かしている欧米のキリスト教圏の人達の多くは、この「アブラハム契約」のことを知っています。恐らくトランプも間違いなく知っていると思います。あなたはこの「アブラハム契約」を信じますか?


by チイ

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人が実質プログラムを書く時間はもうあまり残っていないのかもしれない [コンピューター]

 多くの人はあまり認識してないかもしれないが、AGIが完成すると言うことは、グログラムを書くという仕事が人間からマシンに移るということを意味する。「プログラムを書くプログラム」は現在でも存在するが、AGIが完成するということは、それが完全に自動化されることを意味する。マシンが外界とのインタラクションを通じて学習を行いながら、自らがプログラム・コードをより良いものへとどんどん書き換えていく。

 そういう意味では、人間が実質プログラムを書くという仕事を行える時間はもう余り残っていないのかもしれない。後、数十年と言ったところだろうか?AGIが自動で自らのコードを書き換え始める様になった時、人間のプログラマーのやる仕事は、恐らく、いかに良い初期条件のコード(つまり、その後の学習をいかにスムーズに効率よく行わせることができる初期のオリジナル・コード)をマシンに与えられるか?ということになっているはずだ。そしてその仕事自体も、最終的にはマシンに取って代わられる。

 最初の改編は、人間が与えたマシンの環境の中でのコードの書き換えになると思うが、その後マシンが賢くなっていくにつれて、環境そのもの(OSやグログラム言語そのもの)までも書き換える様になっていくだろう。必要ならばCPUやGPUなどのハードウエアそのものまでも自身で作っていく様になるかもしれない。

 日本のAI(ディープ・ラーニング)の若手の第一人者である、「松尾豊」さんが繰り返し言っていることの中に、初期の人工知能の時代からの基本テーゼがある。それは、「人間の知能がプログラムで実現できないはずはない」というものだ。これからの時代、AIを仕事にする人で、この信念を持っていない様な人はAIの仕事はしない方がいいのかもしれない。日本人はソフトウエアは自分達には向いていない、日本はこれからもモノ作りで生きていくんだと好き嫌いを言っている間に、プログラムを書くと言う仕事はなくなっているかもしれない。

 2017年度のU.S. News & World Reportが作成するBest Global Universities for Computer Scienceで、中国の清華大学が世界第一位になった。中国はコンピュータ・サイエンスの分野での世界上位100位までに、17の大学がランクインしている。(このほかに、香港の5大学とシンガポールの2大学が含まれるので、中国系だけで24大学になる。因みに、日本では東京大学の1校のみで、91位になっている。)2017年11月08日のブログに書いた、イスラエルが国策としてコンピュータ・サイエンスに最も力を入れていて、米国に次ぐハイテク産業の起業家の国になっていることを紹介したが、中国は後5年でAIの分野で米国を越すと言われている。

 中国では米国のGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に相当するユニコーン企業のBAT(Baidu、Alibaba、Tencent)なども育ってきており、既に普通の日本人の思っているような、ローテクや粗雑品の国ではなくなっている。国際的にも一帯一路構想やAIIB(アジアインフラ投資銀行)、南及び東シナ海の軍事拠点化など戦略的に動いてきている。日本人は、自分達が中国人よりも優れた民族だと思っている様だが、それは戦略無しの戦術だけ振り回していれば良い時代だけの話だ。長い目で見た場合、間違いなく日本は中国に負けると思う。


by チイ

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楽遊会Vol.11 [コンサート]

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演奏順番は、下記の通りです。

1. フルートとピアノのためのソナチネ

2. かごめ変奏曲

3. ロミオとジュリエットより

4. メフィストワルツNo.1

5. ディヴェルティメントよりⅢ、Ⅳ

6. ロンドK.V.494

<休憩>

7. 練習曲コーナー

8. ゲーム

<休憩>

9. 即興曲Op.142-3

10. 官僚的なソナチネ

11. カノン風ソナチネOp.31-3

12. スケルツォNo.2 Op.31

13. チェロソナタOp.119


by  相聞花伝

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GDPRの施行に思う [経済]

  2018年5月25日、EUのGDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)が施行された。早速、EUでは7月18日にグーグルに対してアンドロイド関連で5700億円の制裁金が科せられ、一方フィスブックは先の米大統領選最中の8700万人のユーザデータ流出の件で、CEOのザッカーバーグが米上院公聴会で聴取を受けるという事態にまで陥っている。EUのGDPR施行により、これからシリコンバレーのプラットフォーム企業はどうなって行くのだろうか?

 日本の有識者や企業人の中にも米大手プラットフォーム企業(グーグル、フェイスブック、アップル、アマゾン、etc)の搾取を快く思っていない人は多いと思う。事実、現在のインターネットシステムは一部のプラットフォーム企業の経済的利益を生み出すためのエコシステムに変貌していて、既に破綻してしまっている。それをGDPRという形で、世界最大の立法機関である欧州議会から出てきたことには大きな意味があるように思う。世界に先駆けて、GDPRという普遍的な形でまとめ上げることができたのは、EUでしかできないことだと思う。

 これからのインターネットシステムを考えた場合、GDPRのようなものは必要だと思うし、無いよりは絶対にあったほうが良いのは分かっている。ただ今後、GDPRの思惑通りに世界が回って行くかどうかはかなり疑問だし、多くの問題点を孕んでいるように思う。中にはこれで米巨大プラットフォーマーによる「データ錬金術」は終わるとか、インターネットが1995年段階にリセットされるというような意見もあるようだが、それはかなり難しいと思う。おそらくは両者の思惑の鬩ぎ合いのような事がこれから起こって、私の推測では米巨大プラットフォーマーがかなり有利な条件で均衡して行くのではないかと見ている。

 この米巨大プラットフォーマー対EUの戦いは、別の観点から見ると、米国という国家の名前を借りた世界のユダヤ支配に対する、ヨーロッパのそれもベルリンを中心としたドイツとの戦いとも見ることもできる。新しい冷戦は、現代の新たな「通貨」である個人データの主権と管理を巡る戦いでもある。互いに敵対するのは、個人が自身のデータを管理する絶対的な権利を持っていると信じ、自分の身体や財産と同様の自己主権を行使すべきとする社会と、「プライバシーの死」を納得させる無料のサービスで個人データを蒐集し、バックドアのマーケットによって監視資本主義を積極的に是認する社会との非対称性である。データ経済の民主化は本当に可能なのだろうか?

  EUでは現在GDPRの施行に合わせて、個人データをシリコンバレーのIT巨人から取り戻すべく、既にDECODE(分散型市民所有データ・エコシステム)という欧州委員会のプロジェクトが動いている。これは、人々のプライバシーを保護し、個人データの所有権を与えることを約束し、これにより新しいデジタル経済エコシステムを作り出し、特にデータの保管と共有のための民主的モデルの実現を目指している。DECODEプロジェクトが先導し、今後2年間で個人データ経済の重要な見取り図が示されることが期待されているが、はたしてこれでインターネット第二幕となって、1995年段階にインターネットをリセットできるかどうかは今の所は分からない。

 現在はそれにさらにAIの技術が加わって、自動学習によって自動的に書き換えられていくプログラムは、人間から離陸する。その結果、人間が最初に記述したオリジナル・コードは改変され、ある時点では原形をとどめることなく消滅する。次世代のGDPRの主要なアップデートは、現代のロボット原則の更新を前提に、「AIロボットに、プライバシーの自律的主権を認める」という明示的な追記であろう。次のGDPRは、AIロボットに適用される可能性がある。

 最後に、最近ひとつ面白い論文を見つけました。「超インテリジェント・マシンのための数学的枠組み」(注)という題の論文ですが、この中で述べられている計算が、AIのマスター・アルゴリズム、意識の誕生を示唆しているというものです。この計算が、ある種のフィードバックループを提供し、それがマシンの意識がどのように現れるかの局面であるということらしいです。もう既にこんな段階にまで来てしまっているのですね^^;



by チイ


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3変数鶴亀算〜南雲忠一効果〜 [学問]

 「翼君は、60円、90円、120円の3種類の切手を合わせて17枚買って1440円となりました。60円の切手は90円の切手の2倍の枚数を買いました。それぞれの切手の枚数は何枚になるでしょうか?」

 これは中学受験の「3変数の鶴亀算」の問題です。大人なら3変数の方程式を立てて誰でも解くことができますが、貴方はこれを算数の問題として鶴亀算を使って解くことが出来ますか?通常、学校で教わる鶴亀算は2変数を扱います。この問題の難しさはそれが3変数あると言う事です。最近ちょっとしたきっかけで算数の鶴亀算の問題をみていた時に、3変数の鶴亀算ってあるのかな?とふと思って探してみるとありました。3変数の鶴亀算は難関中高一貫校の算数の問題としてよく出されるみたいです。

 鶴亀算は「面積図」と言うのを描いてみるとよく分かります。(私が小6の頃にはこの考え方は教わらなかった様に思うが??)2変数の場合は、面積図を描くと「こぶ」がひとつだけできて、そのこぶの面積が求まれば鶴亀算は解けたことになるのですが、3変数の場合はこぶが2つできてしまって、さてどうするの?って言う話です。

 ヒントは2つのこぶをひとつに均します。上の例で言うと、「90円1枚と60円2枚の1セットを考え、1セット210円の中に平均値段が70円の切手が3枚ある」と言う風に考えます。そすると70円切手と120円切手が合わせて17枚ある通常の2変数の鶴亀算になります。後は、興味のある方は続きを最後まで鶴亀算で解いてみてください。

 何故、こんな事を書いたかと言うと、普通は3変数、4変数のものを鶴亀算を使って解こうとする人なんていないと言う事です。それは代数方程式を使って解いた方がずっと楽だからです。鶴亀算には代数方程式ほどの一般性や拡張性が乏しいと言う事です。でも受験では皆が鶴亀算の応用問題の対策をしており、ありきたりの2変数では全員が解けてしまうので、わざとに小難しい3変数の問題を作っているわけです。

 中学受験のを経験した様な人でも、中学になって代数方程式を習った途端に、鶴亀算は頭の中から完全に消えてなくなってしまうと思います。(受験であんなに苦労させられた鶴亀算なのに!!)逆に中学になってからも代数方程式の問題を鶴亀算で解いたりしていると、周りから「お前バカなんじゃない!!」と言って笑われてしまいます。でも問題によっては何でもかんでもx、y、zと置いて代数方程式を使って解くより、鶴亀算を使って解いた方が簡単でずっと速い様な場合もあります。本来は、大人になっても問題によって、両者を使い分けられる様な教え方をすべきなのです。

 日本海軍は昭和に入ってからいわゆる「ペーパーエリート」になってから没落しました。山本五十六も南雲忠一も当時のペーパーエリートです。「超ウルトラ戦艦クイズ」を解いてきた人達なのです。でもその能力は「空母」の時代には全く役に立ちませんでした。まだ答えのない問題を解く必要があったからです。私はこれを「南雲忠一効果」と呼んでいます。日本の受験制度は度が過ぎるといつも南雲忠一効果に陥って時代から取り残されていきます。


by チイ


 


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RBMのBGSやCDやPCDってどれくらい違うのだろうか? [学問]

 RBM(制約付きボルツマンマシン)のプレトレーニング(教師なし学習)の手法である、BGS(ブロック化ギブスサンプリング)やCD(コントラスティブ・ダイバージェンス法)やPCD(持続的コントラスティブ・ダイバージェンス法)について、実際の学習データを用いて、その学習の習得過程をトレースしてみた。

 一般に、RBMの<vi>modelや<hi>modelや<vihj>model(注1)などは組み合わせ爆発を起こして計算することができないので、BGSを用いて計算されるが、ギブスサンプリングはバーンインに要する時間を長く取らないといけなかったりするので、計算時間が膨大になってしまう。そこで開発された時間短縮の手法が、CDやPCDと言った簡易的な手法になる。今回の実験では、BGSとCDではCD-1とCD-5の2種類とPCD(CD-1のv1の結果を次のパラメータ更新の頭で使う様にチェインで繋いでいったもの)の4種類を行っている。

 データは、4ビットのバイナリーデータ(従って、16種類のデータになる)をランダムに1000個発生させて、エポック毎に10個のデータを使ってミニバッチ学習を100回行っている。入力層が4個で隠れ層が3個のRBMを構成して、パラメータは、w=(3, 4)、b=(,4)、c=(,3)としてミニバッチ学習毎に更新を行っている。パラメータ更新は、BGSはMLP深層学習(岡谷貴之著)p143の式(8.18a)〜(8.18c)を(注2)、CDはp145の式(8.19a)〜(8.19c)のアルゴリズムを用いて行っている。

 図1.1〜1.3ではW(重み)の初期化を、それぞれの手法ごとでランダムな正規分布で行っている(従って4種類の手法でWの初期値は違っている)のに対して、図2.1〜2.3では全ての手法でランダムな一様分布(従って4種類の手法でWの初期値は同じ)を用いて行っている。パラメータの初期値を揃えた場合は、対数尤度、KL距離共に学習過程のバラキは比較的小さなものになるが、違った場合のバラツキは大きくなっているのが分かる。(注3)

 図1.1と図2.1は、 (式1)でエポック毎のKL(カルバック・ライブラー)距離を計算している。

   DKL(P||Q) = ΣP(i)log(P(i) / Q(i))   (式1)

 ここで、P(i)はデータの確率分布、Q(i)はモデルの確率分布で、Q(i)は式2)から計算している。KL距離は、学習が進むに連れて最小値になって行っているのが分かる。

   p(v | θ) = exp(ΣibiviΠj∈H (1 + exp(λj)) / Z(θ)    (式2)

   (ここで、λj = cΣ iV wijvi)

 図1.2と図2.2は、(式3)でエポック毎の対数尤度を計算している。

   LD(θ) = logΠμ=1~N p(v(μ)  | θ)

                  = Σμ=1~N (Σibivi(μ) Σj∈H log(1 + exp(λj(μ))- logZ(θ))   (式3)

 対数尤度は、DKLとは逆に、学習が進むに連れて、最大値になって行っているのが分かる。4つの手法が大体同じくらいの最大値で平衡した時点で学習を終了させている。


 図1.3と図2.3は学習が終了した時点でのそれぞれの手法でのモデルの確率分布を示している。4つの手法ともに、実際のデータの確率分布の特徴を良く再現できている事が分かる。プレトレーニングなのでこれくらいの精度でデータの特徴を抽出できれば十分の様な気がする。

(注1)<.>は期待値を表す。

(注2)バーンインは通常は1000回以上取るのが理想だが、時間がかかり過ぎるので(これはミニバッチの度に行う必要がある)、100回で行って見たものとあまり差がなかったので100回で回している。その後ミニバッチと同じ10点をサンプリングして平均値を求めている。

(注3)一般的に、特にW(重み)の初期値によりそれぞれの手法での収束過程は上下関係なども含めて大きく変わってしまう様である。また収束にもっと時間を要してしまう様な場合もある。目安としては、対数尤度又はKL距離が最終的に全ての手法で大体同じくらいの値で収束する様な初期値を取るのがベストであると考えられるが、何れにしてもプレトレーニングなので、ある程度の回数を回して収束すればそれで良しとしても特に問題はない様に思う。



by  チイ


KLdivergence4.png図1.1likelihood4.png図1.2ProbaDist4.png図1.3KLdivergence1.png図2.1likelihood1.png図2.2ProbaDist1.png図2.3


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イノベーションを起こすために必要なこと [社会]

 テスラ・モーターズのイーロン・マスクが、イノベーションを追及している若者へのアドバイスとして、基本原理に立ち戻って考えることの大切さを語っている。2018年の03月21日に書いたブログの内容にも関係することだが、このことは私の仮説で言えば、洋才→洋魂へのパスが必要だと言うことになる。マスクの言っていることが正しいとすれば、私の仮説では日本には、洋才→洋魂のパスが無いわけだから、日本でイノベーションが起き難いのは必然だとも言える。

 そういう意味では、今の日本を支えているキリスト教系の中高一貫校で学んだ人の多くは、洋魂→洋才の「片道切符」の運転をしている様なものだと思う。「いいとこ取り」を日本の長所として自慢する人は多いが、これも同様に「片道切符」だ。片道切符で一発当てたとしても、それはその人の人生にとってみれば成功かもしれないが、普遍的で持続可能なものでは無い。本来は洋魂の様な「戻るべき場所」があって、その間を「双方向のループで回す」というのが基本だと思う。

 マスクの言っている、「基本原理に立ち戻る」とは上の例では洋魂のレベルでものの見方が変わるとか新しい発見があると言うことだ。それは、洋才→洋魂のパスが無いとできない。片道切符では駄目なのだ。音楽で言うと、クラシック音楽は今後どの様な進化の過程を辿るかはよく分からないが、変化があるとすれば、それはおそらくは、教会音楽の中で起こった変化の波がクラシック音楽に影響を与えるという様なものになる気がする。

 「いいとこ取り」もそれ自体は一つの才能であり、別に悪いことでは無い。日本が、世界に大した影響も与えない程度で細々とやっている分には何の問題もない様に思う。ただ困るのは、日本人自身がそれでは満足できないという点だ。「モノ」の「応用」で「ユニゾン同期」して(私はこれを日本人の「3バカ特性」と呼んでいる。)、世界に大きな影響を与えないと日本人自身が満足できなというのも困りものだ。(注1)その結果が日本や世界ににとってハッピーなものになればいいが、恐らくは違った道を歩む様な気がする。

 ひとつ考えておいた方がいいのは、日本は戦う相手としては非常に与し易い相手だという事だ。上に書いた日本人の特性を叩けば、多様なポートフォリオを持っていないので、日本はあっという間に駄目になってしまう。先の大戦では日本人のこのワンパターンな特性を叩かれて、負けるべくして負けてしまった。

 今、世界で一番頭のいい人達は、プラットホームの力学を研究している。巨大で安定したプラットフォームを短期間の間にデザインするにはどうしたらいいか?という様な事だ。(注2)プラットホームは双方向のループで繋がっているので、一度それができてしまうと壊すのは大変だ。一方で、日本が今だに標榜している20世紀の「ものつくり」は片道切符の直線的な繋がりしかないので、ビジネスモデルとしてはプラットホームには太刀打ちのできないものになってしまっている。21世紀は繋がりを研究する時代になると思うのだが、主要な2項目を繋いでループで回すという最低限のことくらいは理解しておいた方が良いと思う。


(注1)こういう風に書くと、反論される方も多いと思うのだが、その結果日本はいつも自分達の力だけで全てができてしまう様な錯覚に陥り(または、この片道切符だけでも世界を牛耳られると思い込んでしまって)とんでもない方向へと暴走してしてしまう。日本の歴史はそれの繰り返しだし、今後も同じ様な事が繰り返される可能性は十分にあると思う。

(注2)日本の識者の中には、プラットホームは悪いもので、それは無くした方が良いとか、無くなってしまうとか言う意見の人もいる様だが、私は少なくとも21世紀の間は、プラットホームは無くならないと思うし、21世紀の価値の源泉になると思う。勿論、全てが良いことばかりではないことも十分理解できるが。


by チイ

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AIとBIが創る世界 [社会]

 波頭亮氏著の「AIとBIはいかに人間を変えるのか」。最近読んだ日本人が書いたAI関連書籍の中では久々の良書であり、多くの人に読んでいただきたい内容でもある。

 AIが高度に発達した社会において、BI(ベーシック・インカム)がセーフティネットとして必然であることを、BIの制度上の長所、経済政策、財政問題、分配政策(格差と貧困問題)、民主主義・資本主義との関係性、社会通念、etc.の観点から理路整然と説明されている。しかもこの変化はこの20~30年くらいの間には必ず起きるだろうと言われていて、これからは政治的にも具体的な政策イシューの立案段階に入って来ているように思う。

 著者は、この歴史的大転換点を前向きにポジティブに捉えて、その中で人がどう生きるかを色々提案している。その中には、「働かなくても、食って良し」理念の合理性、「金を稼ぐ能力」から「やりたいことを見出す能力」への価値の転換、labor(労働)から開放された後のwork(仕事)やaction(活動)の働く意味やplay(遊び)についても言及している。

 歴史的に見ても、今の日本は日本人が得意なお決まりの「負けパターン」の時代に入っていると思う。日本がいつも駄目になっていくパターンは、パラダイムシフトが必要な時代に、旧態依然とした枠組みの中で、それを捏ねくり回して、更に難しいものにしてパッチを当てるような作業を繰り返している時だ。政治手法や経済政策、ビジネスモデル、大学のカリキュラム内容、etc.どれをとって見ても恐ろしく古い内容で時代遅れのことを一生懸命にやっている。今は日本人の得意な「応用バカ」になる時代ではなくて、真っさらなキャンパスに自由に絵を描くような時代だと思う。

 思うのだが、希望の党や民進党は自民党の不正の批判やその政策の一部を変えたような付き焼き刃の政策ではなくて、波頭さんがこの本の中に示している「そもそも論」の「AIとBIが導く新しいステージの世界」を実現するための政党に生まれ変わってみてはどうだろうか?波頭さんに政策ブレーンになってもらって、波頭さんが描いたシナリオを実現するための政党になるのだ。それが今間違った政策をしている自民党に対する、唯一の対抗手段になると思うのだが・・・。

 最後に著者は、AI+BIの世の中で豊かに生きるための条件として「やりたいことを自発的に見出す能力」を挙げている。そのための教育の在り方も大きく変わって行くことになるだろう。初等教育または中等教育の早い段階から現行の部活動に代わって「自分のやりたい事」を見つけるための教育が主眼になって、今文科省が全ての生徒に押し付けている所謂標準的な科目は、それをサポートするための2次的なものへとなって行くかもしれない。


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by チイ

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